2016年 01月 03日
フォト・エッセイ 第八章 「コニカのプライド」
以前、フォト・エッセイ 第五章 「魔性の黒」で、当時のJAZZ少年が父親を半ば脅迫気味にCanon FTb(黒)を手に入れたことを書いた。
実は、その時、Canon FTb(黒)にするかどうか迷ったカメラがあった。
JAZZ少年は17歳になっていたので、JAZZ青年と言っても良い頃だったが、カメラにはJAZZ少年なりのポリシーがあって、その狭間で揺れ動いていたのである。
それがKONICA FTAであった。
それにはJAZZ少年の憧れとも、敬意とも言える気持ちがあったのである。
しかも、端正なフォルムはまさに正統派一眼レフと呼ぶにふさわしいものだった。
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コニカの歴史は古い。
コニカの前身は、日本の写真界の父ともいうべき、杉浦六三郎氏が1873年に、東京麹町で創業した薬種問屋小西屋六兵衛店である。
それから、写真や印刷材料まで「小西本店」として幅広く販売したことから、写真とのかかわりを強くしていったのである。
その後、業績を伸ばして小西六写真工業株式会社へと改組し、1987年にはブランド名であるコニカに統一してコニカ株式会社と改称している。
小西六写真工業株式会社の「小西六」は先に書いた「小西屋六兵衛」からとったものである。

1903年、国産初の印画紙を発売するとともに、同年、「チェリー手堤用暗函」と言うカメラに近い写真機を市販している。
このように、コニカは常に日本の写真界にとって先駆的な役割を果たしてきたことは間違いないことである。
そのコニカが満を持して発売したKONICA FTAがどうにも気になって仕方がなかった。
しかも、先進のシャッター優先式EE一眼レフカメラ(EEとは自動露出を意味する当時の用語)だったからだ。
蝶の写真を追いかけているとどうしても露出とピントがフルマニュアルの一眼レフではカメラ操作のためにシャッターチャンスからワンテンポ遅れてしまう。
つまり、シャッター優先式EEならシャッター速度だけ考えれば絞りはカメラ任せなので、ピントと構図に集中できるからだ。
唯一、JAZZ少年の気持ちに燻っていることがあるとすれば、それはシャッター優先EEであるが故のシャッターボタンのタイムラグだった。
それ以外の障害はなかったのであるが、当時のJAZZ少年は最高級機Canon F-1の発売に合わせて発表された交換レンズ群とアクセサリーの豊富さから、Canon FTb(黒)を選んだのであった。
これは、後の写真からも誤った選択ではなかったものの、それ以後、JAZZオヤジになった今でもコニカの一眼レフには先進の技術を追及し続けたコニカのプライドを感じるのである。
しかも、それは単に機能だけの問題ではなかった。
実は、私の好きな「ブラックボディー」に関するこだわりだった。
コニカのブラックボディーは他社のブラックと違って、奥行きを感じるのである。
艶、光沢等、まるで工芸品の漆塗りを思わせるもので、俗に「ピアノブラック」とも言われていた黒であった。
特に初期の頃のコニカ製一眼レフは、見事なまでの光沢感を持っていた。
私の手元にあるKONICA FPの黒はまるでグランドピアノを思わせるもの!
これが当時のJAZZ少年を惑わせたのである。
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この光沢感が伝わるであろうか。
JAZZ少年は、今のJAZZオヤジとは違って、妖艶と言う言葉の意味をあまり理解できなかった。
それでも、怪しい輝きを放つブラックボディーは、何か特別な力を秘めているような、そんな気がした。
ある意味、それは魔性の黒ではなかったのか・・・・。
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JAZZ少年を惑わせた「黒」は、しっかりとKONICA FTAにも息づいていた。
やや光沢感は抑えられはしていたが、やはりそこはそこ。
素晴らしいのである。
趣味の世界はいとも不思議である。
普段だったら、ビールを買うか発泡酒を買うかは迷わずに、はなから安い発泡酒しか選ばないJAZZオヤジであるが、ことカメラにおいては数千円のジャンクでも「安い、安い」と買ってしまうのだから、自分でも価値観の基準がどうなっているのかわからなくなってしまう。
でも、それが趣味の世界と言うもの。
今では、コニカの一眼レフカメラを4台所有している。
金に糸目を付けないJAZZオヤジである(と言っても5,000円以下である(爆))!
と言うことで、必然的に酒の肴は「お気に入りのカメラ」である。
JAZZオヤジの名誉のために言っておくが、肴と言ってもカメラを齧ったり、舐めたりはしていないことを。
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しかも、FTAのロゴ。
「A」だけが何か特別な感じがするのも・・・・・。
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このほかに、KONICA FTAの後継機KONICA AUTOREFLEXT3にも、そのコニカのプライドが脈々と息づいている。
JAZZ少年がKONICA FTAで気になった、シャッターのストロークの長さや、ピントの山が掴み難いスクリーンなど、ユーザーの声を反映して地味ではあっても確実に欠点を改良して使いやすいカメラを作り上げていったところは、さすがコニカと言える、まさにプライドの部分ではなかったろうか。
そのせいか、このカメラは本当に使いやすいものに仕上がっていたのである。
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なぜか、自分の部屋でピアノのJAZZトリオを聴きながら、コニカのカメラを眺めていると、カメラが憧れだったころの自分に戻るような気がしてなりません。
残念ではあるが、コニカはその後ミノルタと合併し、今はカメラの生産から撤退してしまった。
コニカのプライドは、中古のコニカ製カメラでしか味わえなくなってしまったことである。
コニカイムズ。
それが、私の部屋のコニカカメラたちから発するオーラのようなもの。
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「フォト・エッセイ 第一章 「柱のカメラ」」
「フォト・エッセイ 第二章 「先生の夢」」
「フォト・エッセイ 第三章 「Nikonと言う特別」」
「フォト・エッセイ 第四章 「生あるもの」」
「フォト・エッセイ 第五章 「魔性の黒」」
「フォト・エッセイ 第六章 「優しい名前」」
「フォト・エッセイ 第七章 「写真機の質感とは」」

by jazz-photo | 2016-01-03 16:35 | フォトエッセイ | Comments(0)


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