2017年 02月 19日
フォト・エッセイ 第十章 「魅惑の緑」
ミノルタ。
今はコニカと合併してカメラの製造から撤退してしまいましたが、それでも日本のカメラの発展に大きく寄与した関西の名門であることに変わりはありません。
レンズ名にあの六甲山の名を冠したことでもマニアの心を捉えてやまないのである。

JAZZ少年が中学校に進学して出会った社会科のS先生。
「フォト・エッセイ 第四章 「生あるもの」」にそのいきさつを書いているが、その先生が使っていたカメラがminolta SR-1だった。
そのカメラの持つ優しいフォルムはS先生にとても似合っていたのである。
そして、度々S先生のカメラをお借りして楽しませて頂いたこともあり、JAZZ少年はニコンへの憧れとは別な親しみやすく使い易いブランドとして興味が湧いていたのである。
とはいえ、やはり中学生の分際で買えるカメラではなかった。
そんな折、突然にJAZZ幼年にとって世界が震撼するほどの大事件に思える出来事が起きたのである。
あのミノルタから、minolta SRT101が発売されたのである。
1966年の事である。
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因みに、ミノルタと言う社名の語源が面白い。
有名な話なのでネットに詳しく解説されているが敢えて少しだけ紹介すると、ミノルタ名は「Machinery and INstruments OpticaL by TAshima」からと言う説があり、ミノルタの創業者である田嶋一雄氏自らが命名したとされている。
一方、田嶋氏の母親が口癖のように田嶋氏に言っていた、『実るほど、頭を垂れる稲穂かな』と言う教えから、『稔る田んぼ=ミノルタ』としたとも伝えられている。
中々、意味が深いブランド名なのである。
しかも、カメラに刻まれたブランド名が「minolta」と全て小文字で刻まれていることが余計にミノルタの謙虚さを表現してはいないだろうか。
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全ての刻印された文字が細く繊細なのもJAZZ少年にとっては美しく見えた。
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写真のカメラは勿論当時購入したものではなく、JAZZオヤジになってから中古カメラ屋さんで購入したのもであるが、50年前のカメラとは思えない洗練したデザインだと思う。
巻き上げレバーと同軸に配置されたシャッターボタンも斬新だった。
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実は、カメラ本体だけではなく、JAZZ少年をノックアウトしたものがもう一つあったのである。
それは、「緑のロッコールレンズ(ROKKOR)」レンズだった。
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「ロッコール」は、創業地西宮からほど近い神戸の六甲山から命名されたもの。
当時のJAZZ少年は、「何でミノルタだけが緑色のコーティングなんだろう???」と真剣に悩んだものである。
吸い込まれそうで、それでいて美しく、いかにも良い写真が撮れそうな気がした。
当時、お店にはシルバーボディしか陳列されていなかったように記憶しているが、ブラックボディーだと緑のコーティングが際立って、本当に美しく、これでお酒が飲めてしまうほどである。
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そして、JAZZ少年の衝撃は緑のコーティングだけではなく、「世界が震撼するほどの大事件」がCLC(Contrast Light Compensator)だった。
世界初の、上下二分割測光を実現していたから。
蝶を追っかけて写真を撮り始めたJAZZ少年は、空が入ってしまう蝶の撮影での露出がいかに難しいかを身をもって知っていたので、それが露出計で測れることに衝撃を覚えたのである。
当時のJAZZ少年の愛機PETRI V6には露出計は付いていなかったが、露出計は憧れであり、しかも空の明るさに露出が引きずられることなく撮影できるのは夢でもあったから。
写真のminoltaのロゴの下に小さく奥ゆかしくCLCと刻印されている。
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このカメラで蝶の写真を撮ってみたいものだ。
(バックナンバーは右側のカテゴリの中の「カメラエッセイ」でご覧いただけます。)

by jazz-photo | 2017-02-19 22:17 | フォトエッセイ | Comments(0)


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